PYC子育て支援ポータル代表

菅原 靖子(すがわら やすこ)

岩手県出身・家族はパートナー1人、ADHD傾向の小学生の子供1人とミニチュアダックス2頭、つい最近避寒のため母が加わりました。このサイトの背景はダックス1頭目です。2頭目は保護犬です。 


=心理職としての履歴書=

 

米国ボストン大学で修士(カウンセリング心理学)取得

 

2000年〜精神科・心療内科クリニック勤務

  • 子供のセラピーだけでなく、思春期や成人のカウンセリング、リハビリ、リワーク支援に携わる 
  • 保育園、小学校/中学/高校でスクールカウンセラーとして、お子さんやご家族の支援に関わる
  • 保健所、児童相談所協働で母子関係支援グループを運営する。

2003年 日本臨床心理士資格取得

 

2005年〜RDIの実践を病院デイケアや個別コンサルテーションで開始

 

2009年 RDI® 認定コンサルタント資格を取得。Play Your Chord:PYC子育て支援ポータルを設立

 

  埼玉、東京、東北の発達障害のお子さんとそのご家族の支援に取り組む

 

2014年〜東京都大田区こども発達支援センターわかばの家で乳幼児〜就学前児童の外来訓練を担当

 

2016年〜感覚統合とリスニングトレーニングと組み合わせたiLs統合リスニングプログラム (iLs, Integrated Listening Systems) 実践資格取得、実践を開始。自閉症スペクトラム向けトレーニング完了

 

2017年〜SSP, Safe and Sound Protocol、聴覚と言語に直接アプローチするVoice-Pro を導入

 

2018年 公認心理師資格取得

 

以下は共訳書です。

ダグラス・ジェイコブ,バレント・ウォルシュ,モイラ・マックデイド,シャロン・ピジョン著/松本俊彦監訳/今村扶美,勝又陽太郎,木谷雅彦,赤澤正人,廣川聖子,菅原靖子訳

学校における自傷予防
『自傷のサイン』プログラム実施マニュアル

A5判 110頁 定価(本体2,800円+税) 2010年12月刊

J・L・ウォルター,J・E・ペラー著/遠山宜哉,花屋道子,菅原靖子訳

ブリーフセラピーの再創造
願いを語る個人コンサルテーション

A5判 248頁 定価(本体3,800円+税) 2005年7月刊


=心理の仕事に至るまで=

 

日本では基本的に心理職はみんな学部から心理学科なので、心理職の集まる場面では妙にひとりぼっちに感じます。レベルが違いすぎてお名前を挙げるのも恐縮ですが、河合隼雄先生は学部が心理ではなかったと知った時、少し許された感じがしました。

 

東京外国語大学スペイン語科出身です。英語が(読み書きで)使えるようになる時の世界観の広がり具合が高校生の自分にはこの上なく楽しかったので、別の言語でもそれが体験できることを期待して外国語学科へ進むことにしました。

 

学校英語と違い、話す、使うことからスペイン語は始まったため、即コミュニケーションに使える経験は本当に楽しかった。染井霊園を歩きながら必死で巻き舌を練習。20歳近くになっても母国語にない音を取得できるものなんだ、と知りました。相手とやり取りが即できる! 使えた、相手に通じた言葉はその場で脳に染み込むように自分のものになる。読んだ、聞いた、書いた、とはまったく違う経路で脳に入ってくる感覚。

 

一方、読み書きはもちろん、学究的なレベルでスペイン語が使えるようになるのは厳しかった。学年末は何日も留年する悪夢にうなされました。自分にはこんなに語学の才能がないんだ、と思い知る日々。あまり自分がどんな位置にいるのか気にすることのない、人生の基本がボーッとした私でもさすがに、周囲はなんて頭がいいのか、と落ち込んだことを覚えています。

 

「スペイン語で何かできると思うな」卒業時、当時のゼミ担当教授ではなく、なぜか学科主任教授から言われたことが、その後の進路を大きく変えました。では何をしよう。家庭教師のアルバイトで、教えた子供達がなぜかどんどん英語ができるようになり、果ては留学した子もいたりして、その過程を見ていて楽しい、もしかすると英語を教えるのもいいのかも、と思ったのが教員となった一つの理由です。紆余曲折あって、予備校教師も結構長く務めました。

 

問題はそこから。英語教員なのに、あんまり英語で話せない。国内で転居し2年大学院に通うためには預貯金は心許ない。たまたま入学許可をもらえたアメリカの大学院を選び、現地の人と同じ1年で修士を終わらせようと、なんとも身の程知らずの選択をします。

 

英語で修士課程を修めることができなければならない。読み書きは問題なし。日本の英語教育の質の高さを証明したようなものです。もちろん1日300ページとか?大変な量を読みこなし、次々とレポートを書かねばならないのは大変でしたが、なんとかやり遂げ、最終的には通用したと思います。

 

問題はコミュニケーション。大急ぎで英語で話せるように、いや、2、3か月のうちに現場でインターンとして働けるようにならねばならず、ひどい目に遭いました。どこかでブログに書きます。